虚偽の僭越、仮初の懸想

〇独白

男性のモテる条件は年代によって変わるものだとはよく聞く話だ

小学生なら足が速い、中学生なら不良、高校生なら優等生、大学生ならグループの中心的存在、そして社会人になれば経済力へと変化していく

自分で言うのも聊か恥ずかしい話だが、僕の高校は県内でかなりの進学校だった

それ故、将来的に所謂「モテる」職に就く人が多い

医師、弁護士、大企業の一員

挙げ始めたら枚挙に暇がないが、とどのつまりそういう傾向にあるということだ

そしてそれは、決して僕――出水祐李とて例外ではなかった

 

〇情熱は人それぞれ

 授業がある日の起床は大体七時前後。

 受験を来年に控えている僕だが、主に睡眠不足が原因の不摂生が祟っていまいち寝覚めが悪い。睡眠欲が肥大化するこの瞬間だけは死んでもいいと思えるほど心地よい。

 頭と体に伸し掛かる気怠さに何とか抵抗しながら体を起こす。

 30分足らずで支度を整えて家を出る。

 家から高校までは自転車と地下鉄を30分ずつ乗り回しながら登下校している。その間、ワイヤレスイヤホンで音楽を楽しんでる。因みに自転車に乗りながらイヤホンをするのは地域によっては罰金を取られることもあるので要注意。

 教室に着くのは朝のホームルームが始まる少し前。対象に興味がない限り自分から友達を作りにいかない性格上、僕にはあまり友人と呼べる存在がいない。方や興味を持った相手とは積極的に関わろうとするきらいがあり、彼らとの仲はかなり深いと思う。

 昼休みになれば銘々学食に行ったり席を移動してグループで食事をする光景が散見される。比較的早く弁当を食べ終えた僕は一人のクラスメイトに話しかけた。

「やっほー」

 スマホをいじる手を止めて僕の方に目をやったのは科芥衣桜という眼鏡に小太りという出で立ちの男子生徒。見た目通り、というとやや失礼だが成績優秀で交友関係は比較的狭い。また、ボカロ系の音楽をよく聴く趣味があるので意外にも僕と相性はよかった。

「ああ、どうも」

 一見不愛想にも見えるが根は暗くないし、寧ろ共通の話題になると饒舌になり破顔するのを知っている。だから彼のことはそんなに嫌いじゃない。

 ここで一旦僕について説明しようと思う

 身長:176㎝ 体重:68㎏ 部活:バドミントン(高校から、下手) 

 学力:高校でガタ落ち 顔:年上にはウケがいい

 性格:陽とも陰とも取れるがどちらとも言えない、尚且つややサイコ

 我ながらそこそこ恵まれていると思うが、実生活に大して活かしていないので同じように思っている人たちからは勿体ないといわれることもしばしば。尤もそういった評価にはあまり興味がない。

 また、性格のサイコというのは高校に入ってから気づいた要素だ。一般的にはソシオパスというらしい。

 

  1

 

 部活の時間は高校入学から二年経とうとしている現在でも、僕にとって新鮮な時間だ。何しろ、中学で僕は小学校のころまで通っていたスポーツスクールをそのまま部活にするというスタンスでいたため、こと上下関係だとかチーム意識だとかはあまり経験がなかった。

 しかもそのスクールでやっていたのはバドミントンではなかった。高校でバドをやろうと思ったのは単なる興味が最初だった。やってみると面白いもので、順調に行かなさが返って楽しかった。

 ところで、バドミントンはその性質上練習メニューが男女で分かれている。うちの部活は顧問が練習メニューを組まないので生徒だけで基本成り立っている。その中で女子と関わることはほぼない。

 そんな環境下で偶に男子のエースと女子のそこそこ強い人が話しているのを見かける。

 彼女の名前は小野寺美玖。顔がかなり整っているが、僕の中での彼女の評価はあまり良くない。

 去年一緒のクラスだった彼女と何かの機会でともに作業をしたことがある。その場にはほかに二人の男子がいた。

 気になったのは美玖の態度。彼らと話すときは笑顔になったりよく話したりするのだが、僕と話すときは適当に相槌を打って顔の感情を殺す、そう見えた。

 人が聞けば気にしすぎだというだろうし、もしかしたら僕のこれ目での態度が気に障った可能性も捨てきれないのであまり気にしないようにした。

 ただ、彼女やほかの女子が人によって態度を変える光景を見るたびに、この人は猿とよく似た習性を持っているなと漠然と考えるようになった。

 

   2

 

 小学生活後半のころから僕には変わらず追い続けている夢がある。それを実現させる予定時期は大学に進んでから。

 だからというべきか、僕は高校での生活を蔑ろにしていた節がある。一生で一番楽しい時期なんて言われ方をよくされるこの時期をドブに捨てた……いや、さすがにそれは言い過ぎかもしれないが、多くの人が見れば一様に時間を無駄にしたと言うだろう。

 少し恰好つけた言い方をするなら、僕はこの期間に将来への準備を虎視眈々と進めて行った。それらはしっかりと実を結んで、今僕は上京して東京に住んでいる。

 一人暮らしは思っていたよりも楽だったが、自己管理だけはしっかりしておくべきだったと今にして後悔している。

 現在、大学生活二回目の夏休みを地元に帰郷しながら謳歌している。

「――にしても、まさかあの変人の祐李がVtuberになってるとは思いもしなかったわ~」

 七月末の昼下がり、小6から付き合いのある佐崎梨花という女子とカフェに来ていた。

 彼女とは同じ塾ということで知り合い、高校まで一緒だった。お互いに恋愛感情はないが、良き友人として色々と話し合える仲ではあると思う。

 今日は地元の所謂旧帝大に通う彼女が僕のSNSでの里帰りの報告を確認してどこかでお茶しようと呼び出された次第だ。

「変人は誉め言葉と捉えておくとして、梨花は今法学部だっけ?順調?」

「そこそこ。そっちは?」

「順調も順調だよ。おかげさまで先日チャンネル登録者数が20万人を突破いたしました」

「デビューして半年弱だっけ?すごいじゃん」

 純粋に僕を褒めつつ、胸の前で小さく拍手をする梨花

「確かに、先輩たちを見ている限りだと僕は割と早い方なのかもね。ただ、やりたいことはまだまだいっぱいあるんだ。もっとすごい先輩だってたくさんいるしもっと楽しまないと」

「そこは頑張らないと、じゃないの?」

「頑張ろうとするのは良いことだけど、それが空回りして潰れて行った人だって少なくない業界だ。楽しむくらい文字通り楽観的でいいと僕は思う」

「そんなもんなのかねぇ」

 会話がいったん切れて、同じタイミングで二人でカップに口をつける。

「Vになったって誰かに言った?」

「限定的に。家族、中学までに夢のことを話した人、バド部男子、あと君みたいな一部の信頼できる人」

「お、なんか嬉しい」

「まあでも、うちの部の男どもは口が軽いから実際はもう少し広まってるだろうけどね。でも顔バレしないよう高校時代でできるだけ写真はあまり残さなかったんだ」

「えーなんか悲しい」

「なんてね、そういう目的もあったけどここだけの話写真ってあんまり好きじゃないんだよね」

「それでもなんか悲しいよ」

 記憶を画像というメディアで残すことに昨今人類は執着しがちだが、静止画で見る自分の姿があまり好きではないという意見の人も一定数いるのも事実。例に漏れず僕もその一人だったりする。

 しばらく雑談を続けていると僕のスマホから通知音が鳴る。

「ちょっと失礼……ああ、またこれか」

「なにかあったん?」

「そんなとこ。見て」

 見て、と言いながら梨花スマホの画面を突きつける。

 画面に表示されているのはチャットアプリの名前一覧。そのうちの幾つかに通知が入っているのが分かる。

 おかしいのはそれが誰かという点。

「これって…」

「そう。地元の友達のも何人かあるけど2,3人ほど元バド部の女子も紛れてる」

 内容は会って話そうだとか久しぶりに会おうだとか、再会を望んでいるような文章だった。

「この人たちも僕のSNSをフォローしてるから大体の動向も掴んでるだろうしね。大方僕がVってのを男バドのメンバーの誰かがうっかりリークしてこうなったんだろうけど、本当に都合のいい連中だ。過去に興味なんてないんだろうね」

Vtuberの一点を見ると寧ろバカにされるかもしれない。ただその部分を隠して彼氏がフォロワー20万人越えのインフルエンサーですよーっていう言い回しをするんであれば自慢の種にも使えるからね。そうでなくても彼氏がいるってだけでもかなりプラスに働く」

 僕のスマホに手を伸ばしてトーク内容を確認しようとする梨花を回避してスマホを仕舞うのを、梨花はやや不満気にしつつ言葉を続けた。

「いっそブロックしちゃえば?」

「考えたことはあるよ。物理的距離も遠いから関わりも皆無だし。ただそうなると逆上して最悪燃やされかねない。正直なところ一人でどうにかするのは少し難しいんだ」

「社会的に抹殺しちぇばぁ?」

 冗談なのは言うまでもないがやや過激な言いまわしだ。

――ただ、『社会的に』の部分は正直に言って視野が狭窄していた。

梨花、今日君に会ったことを本当に良かったと思うよ」

「お、何か思いついた?」

「うん、長い戦いになるけど、もし協力してくれるならこれほどまでに心強いことはない」

 Vtuberになったとき以来、久々に本気を出すことになりそうだ。

 少しだけワクワクしている自分がいる。

 

〇素晴らしい時間はやがて過ぎ去る

 大学生活は人並み以上に満喫できたと思う。忙しい中で積極的に交流会の類に参加したおかげで学部を超えた繋がりも持てたし、大学に関係のない部分で言えばYouTubeのチャンネル登録者数はもうそろそろ7桁に到達しようとしている。

 そしてもう一つ割と大きな変化があった。

 卒業を一か月後に控えたある日のこと、僕に彼女ができた。

 二年前に梨花と会って以来大した関わりのなかった人たちからの連絡は徐々に減っていき、最終的に残ったのは小野寺美玖一人となった。 

 住んでいる場所が県を跨ぐ以上そう頻繁に会う事こそできなかったものの、連絡を毎日取り合うことだけは欠かさなかった。

 着実に仲が深まってきた僕たちは彼女の再三の提案で卒業後には結婚することも視野に入れている。

 

――今のところ、計画に滞りはない

 

   1

 

 Vtuberといえど企業に所属している僕は定期的に本社に赴くこともあるので、経済的にも余裕のできる卒業後に都心方面のマンションに引っ越した。

 それに伴って美玖がこちらで就職したらしく、ちょうどいい機会だったので5月から同棲することになった。

 引越し業者の人たちによる作業が終了したのち、僕たちは一時休憩すべくソファに腰を下ろした。

「――ふうっ。それにしてもこんなとこに住めるなんて祐李くん、すっごい稼いだんだね」

「お金なんて副次的なものに過ぎないよ。僕はただ自分がやりたいことを好きなようにやってるだけだ」

 照れもせず答える僕を美玖は「ふーん、かっこい」と湛えてくれる。

 ふと、美玖の荷物と思しき荷物段ボールが目に入った。

 中に入っていたのはブランド物のバッグ。美玖の者で間違いないだろう。

「これは……」

「ああ、そのバッグね。初任給で買ったの」

 記憶が正しければ、このブランドは再安価でも数十万は下らない。

「君も往々にして優秀ってことだね」

「まあね!」

 誇らしげに胸を張る美玖。

 心地の良い沈黙が少し流れたのち、彼女がまた口を開いた。

「結婚はいつにしよっか?」

 突拍子もない一言に少し動揺したが、すぐに冷静になって頭を切り替える。

「早開ければ早いほどいいよね。後は式を挙げるかどうかでも少し変わってくる。君はどうしたい?」

「……実はあんまりやりたくないかなぁ」

 彼女の性格なら見せつける意味でも挙げるだろうと思ったが、意外な回答だ。

「一応理由を聞いても?」

 いつになく神妙な面持ちの美玖に素直な疑問を投げかけた。

「うん。二つあってね、一つはシンプルに段取りがちょっと面倒っていうのと、もう一つは祐李くんが負担になっちゃわないかなって思って」

「なるほど。正直なところ僕も同じ意見だよ。式で気疲れするのは好ましくはない。母さんや姉さんは挙げるべきだって言っていたけど、強制ではないからね」

 意見の一致で美玖はぱぁっと笑顔になった。

「じゃあさ!もう今からでも役所に行かない!?」

 確かに、手続きを先延ばしにするのも良くない。これでも便宜上交際期間は二年ほど。信頼しあっているといっても過言ではないだろう。

 かくして僕たちは晴れて夫婦になった。

 

   2

 

 僕たちの新居は大きめの2LDKで二つの部屋をそれぞれの個人部屋として利用している。

 仕事柄多忙な美玖は平日家にいる時間はかなり短いが、その分休日はリビングで時間を過ごすことが多い。

 そんなある日の正午、僕はあることが気になってそれを調べていた。

「どうしたの?急に」

 テレビの横のコンセントには三角タップが取り付けられているのだが、形に違和感があった。

 ドライバーを取り出して解体すると普通ではありえないパーツが取り付けられていた。

「間違いない。盗聴器だ」

「盗聴器!?」

「工学部にいた時に見たことがあるんだけど、その時のものと全く変わりない」

 美玖が落ち着きを失い慌てるが、今はそれよりも先にやるべきことがある。

「ひとまず警察に行こう。この手のことは専門家に任せる方がいい」

 いそいそと準備をして最寄りの交番へと足を運ぶと、初老の警察の人が対応してくれた。

「成る程、確かに盗聴器だねぇ。しかし君、よく気が付いたねぇ」

 警察の人は感心しているが、一方で美玖は不安なのか机の下で自分の服の淵を握りしめている。

「こういった手口があることは専門外とは言え大学で学んだので。ただ他にもあるかも知れません。念のため調査をお願いします」

「分かった、すぐに行くから少し待ってておくれ」

 交番の奥から片手サイズの機械を取り出した警察の人と家に向かった。

 警察の人曰く、その機械は盗聴器探知機だそう。先程発見した盗聴器に反応したので昨日は保証できる。

 そんな心配も杞憂に終わった。あの一個意外に盗聴器はなかった。

「とんだ災難だったね」

 夜、ソファーに体重を預けながら目を閉じるパジャマ姿の美玖が今日を振り返る。

 不安から解放されたのがうれしいのか、不思議と彼女は笑顔でいる。

「しかもあれ自体は壊れていたから、きっと前住人の人が被害者だったのかも。荷物を引き払っても三角タップだけ残していることは稀だけどないわけではない」

 ホットミルクの入った二つのカップの片方を美玖に渡すと、彼女はそれを両手で包むように受けとる。

「人一倍何かしら富や財を得ると、同じだけヘイトや嫉妬の感情も増幅する。だからこそ謙虚で入れることが大事だね」

 僕の言葉に美玖はただ無言で頷いた。

 

   3

 

 美玖が大型の案件を任されたようで、ここ最近は帰りの遅さに拍車がかかっている。

 休日出勤も余儀なくされているそうで僕一人で家にいることが本当に多い。

 家に帰らないこともしばしばあるので、空いた時間で美玖の部屋を掃除していた時のこと。

「……ふうん」

 ジュエルケースが目に入ったのだが、見るからに高そうな宝石類や貴金属の数々が。

 同棲していること、彼女の職業から考えてもおかしいとは言い切れない。

 しかし、ごみ箱の処理をしているときに数枚のレシートが見つかった。

 内容はホテルの利用代金。僕たちでいった者ではないし、そもそも行ったこともない。

 浮気をされている、そう確信した。

 でも、不思議と何も感じない。寧ろ自然と笑いが込み上げてきた。

 一通り掃除を終えた後で自室に戻ってパソコンを起動し、一つのフォルダを展開する。

 それらを矯めつ眇めつ眺めながら物思いにふける。

「さて……どうしたら一番愉しめるかな」

 浮気をされたら次に会ったときに問いただすのが一般的な方法だと思う。

 しかしその方法ではしらばっくれられるのがオチ。大体解決には至らない。

 それにもっといい案を僕はすでに思いついている。

 

   4

 

 結婚一周年を迎えたこの日、僕たちは某高級ホテルのレストランに来ていた。

 夜景が美しいこのスポットはデートスポットとして人気だという口コミが多くある。

 最近は割と廃れてきたプロポーズという文化も、タイミングさえよければここに来れば見ることができる。

「夜景綺麗だね。すっごいロマンチック」

 夜の東京のの景観にうっとりしている美玖はスマホで一番いい画角を探している。

「もしかして、前にも来たことあった?」

「まさか、今日のために調べておいたんだよ。結婚記念日は人生の大事な節目だから。この日を境にまた気持ち新たにまた頑張ろうっていう決意表明みたいなものだよ」

 窓から離れてすぐ近くに用意された席に座る。ここは個室なので、この行動が他の客から悪目立ちすることはない

「……っていうのは建前で、本当はただここの料理に興味があっただけなんだけどね」

「はは、なにそれ」

 僕の言葉に素の笑顔で笑う美玖。この一年を通して彼女も僕に安心感を見出した、という事だろう。

 やがてコースで料理が運ばれてきて、その度に美玖はスマホで写真を撮っていた。

 現代人にありがちな行動で、撮影に夢中になって料理を冷ましてしまい、時に完食しないことがある。

 彼女は食べ物を残すなどということはしないけど、あまり見てて気持ちいいものではない。

 最後のデザートを食べ終えて、しばらく僕らは談笑した。

「にしても、結婚してからもう一年経っちゃうんだ。長いようであっという間だったなぁ」

「初めて会った時から考えると実はもう八年経っているらしいね」

「そう考えるとまだ八分の一なんだ。そっか……ねぇ、祐李くん」

 ペアリングのワインのせいかやや恍惚とした表情で美玖が僕の名前を呼ぶ。

「何かな」

「これからも幸せに過ごそうね」

 一見純粋な表情でそう言われるが、僕の心には全く響かなかった。

 だからこそというべきか、僕はこの後に言おうとしたセリフを変えることなく読み上げることができた。

「……少し、大事な話をしよう」

 僕はそっと席を立って開いていた個室の扉を閉める。

「……?」

 美玖はそんな僕の行動に疑問を持ったが、僕は一旦席に座りなおす。

 そして美玖の方にまっすぐ目を向ける。

 

「――離婚しよう」

 

 何を言ったのか分からない、或いは唐突な告白を受け止めきれないのか、美玖は間の抜けた表情になった。

「離婚って、え?急に何言って……」

 次第に言葉の意味を理解し始めた美玖は動揺を隠せずにいる。

 そんな彼女を無視して、僕は言葉を続ける。

「僕が知らないほどかなり前から君は浮気をしていたね。それも一人じゃなく何人もの人と」

 服のポケットから写真の束を取り出す。その数は優に50を超える。

 内容はどれも僕ではない男と腕を組んでホテル街を歩く彼女の姿。

「探偵を利用したんだ。ちょっとだけ驚いたよ。まさか大きな案件を任されたのも嘘だったとはね」

 因みに案件を受けたという報告前からも帰りが遅くなることがしばしばあったので、その時からすでに色々と根回しをしていたが、わざわざ言う意味もないのでここでは即興で帳尻を合わせる。

 その間、美玖は写真を見て絶句している。

「それだけじゃない、僕がいない隙を見計らって彼らを家に連れ込んでいたね」

 スマホを操作し、彼女の部屋での情事の音声を流す。

「いや……やめて!止めてよ!!」

 屈辱に耐えかねた美玖が勢いよく立ち上がりスマホを取り上げようとするのを片手で制する。語気と攻めの勢いはどんどん強くなっていき、

「止めて、止めろ!!今すぐに!!」

「なるほど、それが本当の君なのか」

 汚らわしさを思わせる音声を垂れ流しにしながらさらに彼女を追い詰める。

「極めつけは浪費癖だ。共有にしていた口座からいつの間にかごっそりと抜き取られていた。9割方僕の収入なのにね。いくら共有口座とはいえ、非常識が過ぎるよね?」

「……でも、必要に応じて自由に支出してもいいってルールで……」

 床にへたり込んでいた美玖がここでようやく反論したが、冷静さを欠いているため、弱い。

「そう、『支出』してもいいって言ったんだ。別で口座を作って『収入』としていいとは言っていない。大方、君は難癖付けて僕と離婚しようとしていたのだろうから願ったりかなったりじゃないか」

 一気に大量の情報を享受した美玖はさすがに困惑し切ってしまっている。

 これくらいでいいだろう。

「今日はもう帰ろう。続きは――法廷で、ね」

 帰り道で隣を歩く美玖は生気が抜けた顔をしていたが、家について自室にこもってからは僕が眠りにつくまで泣いていた。

 

〇過去と未来の清算

 

 諸々の面倒な手続きを済ませてから一か月ほど経ったある日、今回の一件に関わった人を東京のとあるレストランへ招いていた。

「慰謝料600万に完全な絶縁、SNSの垢バンと会社への通告……改めてキミとんでもないことするね」

 一人目は梨花。一流の弁護士になった彼女は一年前に既に依頼していた僕の頼みをしっかり聞き取ってくれた。

 本人曰く、段取りが良すぎて過去に類を見ないくらい楽かつちょっとやりすぎた、とのこと。

「地元に帰ってきた彼女を偶然診断する機会があったんですけど、かなり憔悴していましたね。出水さん、どうやってあそこまで追い込んだの?」

 二人目は依桜。梨花と同じ地元の大学の医学部にいる彼は今医学部の六年生。今は実際の医療現場で実地研修を行っているので、患者と触れ合う機会があるらしい。

 因みに、成績優秀なのは相変わらずで大学病院からスカウトを受けているそうだが、僕と家族以外の人物にはどうしても敬語が抜けないらしい。

「そうだね、でもそれは全員揃ったら――」

「いやぁ若い三人組よ、遅れてすまんかったねぇ」

 僕の言葉を遮って遅れてやってきた三人目は依桜の伯父である科芥彰。盗聴器の一件で協力してくれた警察官――のフリをした警視で、警官の中でもエリートの役職についている。

 依桜づてで今回の話をしたら、楽しそうだと嬉々として助力してくれた。

「じゃあ、改めて今回の件の振り返りと行こう――」

 

   1

 

 梨花の建てた弁護士事務所の応接室で梨花を横に従えて美玖と対峙していた。話題は離婚協定に関して。

 ホテルでの食事の後美玖は弁護士を探したが、一人違わず負けると判断したため彼女の味方はいない。

 すべての協議を終えたのち、梨花が美玖に質問する。

「以上で終わりです。この協議後、小野寺さんは出水さんに接触することができなくなりますが、最後に話したいことなどはございますでしょうか?」

 相変わらず重たい表情の美玖はすっかりやつれた目を僕に向けて、ゆっくりと口を開く。

「……いつから気づいてたの?浮気してたって」

 僕にとっては少し曖昧な質問だったので、頭の中で最適解を模索する。

「気づいてた、というよりは予想していたんだ。君の性格上裏切って本命の男の下に行くんじゃないか、ということは想像に難くない。そういう意味では、結婚する前から気づいていたというのが正解かな」

 興が乗った僕はさらに言葉を続ける。

「そもそも、この計画は何年も前から推敲していたんだ。君はまんまとそれに嵌まってくれた。ただそれだけの話だよ」

 僕の簡単な解説に、美玖はため息を吐いて応える。

「はぁ……祐李君ってすごいね。そんなの、勝てっこないじゃん」

 完全に参ってしまった美玖を見て、さすがに少しかわいそうだと思ったのでフォローを入れることにした。

「でも一つだけ、君の中で好きな部分があったんだ」

「……なに?」

「離婚直前で時折本当の君を見せてくれたことだよ」

 最後に見た美玖の顔はどことなく嬉しそうな苦笑だった。

 

   2

 

「なるほど、あちらもそうだったけど最初から離婚を前提で結婚したんだね」

「そういうこと。ああいう事例が一つでもあれば金輪際僕の社会的地位と財産目当てで結婚しようと画策する人はいなくなるでしょう?彼女の交友関係を考慮すれば尚のことね」

 今回の件の全容を知っている梨花は僕の話した内容に疑問を持ったのか、それを僕にぶつけてきた。

「不可解な点が多々あったから一つづつ聞いていくね。まず最初、探偵はいつから雇ってたの?」

「美玖が案件を任された、と嘘を吐いたときかな。因みにそれ以前でも暇なときは僕が直々に張り込みしてたよ。不自然に帰りが遅いときがあったからね」

「オッケー。じゃあ二つ目、盗聴器のこと」

「ああ、それは」

「その件に関しては私から説明しよう」

 僕の言葉を彰が遮る。

「祐李君は元々不貞の相手を連れ込まれる可能性があることを理解していた。証拠につながる音声をどうにか取ろうと画策していたのだが、仮に彼女に見つかってしまえばそれも不可能になってしまう。逆に、祐李君が見つけて説得しても、警戒を解くのは難しいと判断したんだ。そこで公的機関を、盗聴器探知機を利用することで盗聴器がもうないと思い込ませるのを可能にした、というわけだ。私が赴いたときに既に盗聴器を仕込んでいたのだが、反応しなかったのは単にあの家では電源を切っていたからさ」

 急に饒舌になる彰に若干引いたが、間違ったことは何も言っていない。寧ろ代弁してくれたのは感謝している。

「君は彼女と離婚したことで心は傷ついていないのかい?」

 今度は依桜が質問をしてきた。

「さっきも言った通り、僕は最初から離婚する気でいたんだ。そこに恋情なんかはなければ後悔も悲しさもないよ」

 少し無情に聞こえたのか、梨花と依桜は少し引いた様子だったが、彰ははっはと豪快に笑って僕の背中をたたいていた。

 

   3

 

 家に帰って、今や防音室となった美玖の部屋に目を向ける。

 やはり何も感じない。

 少しは寂しさや後悔の一つでもあるかと思ったが、全くなかった。

 往々にして僕もエゴイストでサイコパスなのだろう。合理的に物事を進めることばかり考える。

 でも、それでいい。

 今、そして少し先の未来がちょっと楽しければ文句はない。

 チャンネル登録者数も100万人を超えた。

 これからもっと忙しく、そし愉しくなると考えるとワクワクする。

 

「さて、今日はどんな愉悦に出会えるかな」